俺のメモランダム

文系大学―(卒業)→専門商社営業ー(退職)→建築系専門学生ー(卒業)→設計事務所勤務という人生を辿っているアラサーのブログ。流し読みで読める軽さを持ちながらも、考え方、情報、良かったモノやコトをうまく発信して見ている人の日常をちょっとだけ豊かにできるのを目指して書いてます。

野良猫の生き方に学ぶ

駅までの通勤路で野良猫を定期的に見かける。
緑地も少ないんだけど、いるもんだなぁ。

 

で、庭というか大き目の緑地に面したアパートに住んでた時の事を思い出した。
このアパートは、近隣から集会でもしてるのだろうか、それとも住んでるのだろうか、
野良猫が7~8匹くらいいた。

 


彼らは基本的に健康状態が良くなく、短命。
ある日突然見かけなくなってしまうので、
生きていることの奇跡性について考えさせられた。

 

彼らは当然仕事しないし、やらなきゃならないタスクもない。
人間は『猫はいいよなぁ』と良く言うが、
彼らに安定した一日なんてないんだよね。

 

他の野良猫と争いになるかもしれない。
野良猫のケンカは命がけだから、そのケガが原因で死ぬかもしれない。
病気になっても自力で治さないと死ぬし、
交通ルールなんてわからないから車にひかれるかもしれないし、
野良猫駆除の人が捕まえにくるかもしれないし、
住人が変わって、食事にありつけなくなったり、快適な環境を失うかもしれない。

 

というように、人間より死ぬ可能性がはるかにゴロゴロ転がっているが、
不安がってる暇なんてないし、出たとこ勝負、いつでも戦闘態勢なんだと思う。

 

 


現代の人間社会は、『見だしなみ』を整えないとNGとされるので
毎朝、顔洗って、歯磨いて、ヒゲ剃って、女性なら化粧して、
TPOに合った服に着替えて、社会に出る。
また、常に美容に気を配り、身体を清潔にし、考えられた食事をとり、
美容と健康の維持に多くのお金と時間をかける。
でもそこまでやっても、家庭や仕事で生きる意味を見出せない場合もある。

 

彼らは見だしなみなんて気にしないし、
生きる意味なんて(たぶん)考えてない。
でも生きるためにベストを尽くすため、人間にすり寄る。そこにプライドとかは無い。
エサをねだったり、中に入れてくれて欲しければかわいい声で鳴く。

 

 


・・・とまぁつらつら書いてきたように、彼らから学ぶことは多く、
またいつ死ぬかもわからない中で必死に生きている彼らと、
ひと時でもコミュニケーションを取りたくて、
庭に来る野良猫をどうしても無視できなかったのだ。

 

というのは綺麗事であり、シンプルに猫が好きなので構っていましたし、
『猫はいいよなぁ』って言っちゃってた僕です。
すみません。